「この男本物か?」

 6月10日(火)


皆さんこんにちは。


最近見ない日がないってくらいTVに出てますね。

今日の記事



武井壮 “百獣の王”の原点は母親への思いと亡き兄の無念

意外な素顔/(C)日刊ゲンダイ

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「子供の頃から一人暮らし」
 8日、武井壮(41)が「熱中症予防PR大使」任命式に出席した。トレードマークとなったおなじみのタンクトップと半ズボン姿で登場。“百獣の王”を目指している武井だが、「熱中症にかかっている猛獣にはまだ出合ったことはないけど、広いサバンナの中にはいると思う。そういう猛獣を見つけたときは、なるべく猛獣たちにも『日陰にいろよ』と僕からもメッセージしていきたい。もし出くわしても、そこは戦わずに救助してあげたい」と、優しい(?)顔をのぞかせた。

 意外な一面は武井の過去にもある。7日、「SWITCHインタビュー 達人達」(NHK)に出演し、哀川翔(53)と対談した武井は、家族について「親がいない」と告白。母親については、10年に自身のブログで「俺たち生んだ母ちゃんはどんな女性なんだろーな。。(中略)母ちゃんよ。。生きてんのかも知らねえけどもょ。。幸せにやっててくれな。。」と語っていたが、今回、番組では父親についても「親父はいたけど、子供の頃には他に家庭を持っていたんです。なので、子供の頃から一人暮らしをしてて」と語り、親からの愛情に飢え、「『褒めてほしい』という欲求があった」とも明かしている。

「子供の頃から一人暮らし」

 中学時代は野球部に所属しながら、3年間、試験成績学年1位をキープ。そんな武井の中で支えになっていたのが2歳年上の兄・武井情だという。「有名になって多くの人に認めてもらい、喜んでもらいたい」という理由から俳優を目指し、養成学校に通っていたが、22歳の頃に体調不良を訴え、末期がんであることが発覚。24歳という若さでこの世を去っていることは武井自身がブログやテレビでも明かしている。そんな兄の「認められたい」という気持ちを弟が継承。アスリートとしても“世界一”を目指し、芸能界で活躍して有名になることを目標にしたというのは、見た目からは想像もできない意外なエピソードである。

 昨年開催された「世界マスターズ陸上」の200メートルでは銅メダル、100メートルでは4位に入賞。22日には「沖縄マスターズ陸上」にも出場する予定。“百獣の王”の原点は“瞼(まぶた)の母”と兄の無念だった。


武井壮

1973年5月6日生まれ、東京・葛飾区出身。幼い頃から空手、柔道、野球とさまざまなスポーツに取り組んでいた。プロボクサーを目指したが、高校時代、練習中のケガが原因で視力が低下したため断念。神戸学院大学に進学してから、短距離陸上競技
を始める。足が速くなりたい一心で、毎月、馬の肉を6キロ食べた。だが93年の国体で、同室だった同志社大学の朝原宣治が、当時の100メートル日本記録10秒19を出したのを目の当たりにした。

「こんな速えやつ、あと2年で追い越せない」と方向転換。十種競技に挑んだ。
“キング・オブ・アスリート”を目指し、神戸学院大を卒業後、中央学院大に進学。競技歴2年半で日本選手権優勝。100メートル10秒54と十種競技の日本記録を出した。

中央学院大学卒業後、1998年、抜群の身体能力を見込まれ、アメリカにゴルフ留学。25歳だった。4年間の留学終了後は単身でアメリカに残ってゴルフに打ち込み、全米トップアマレベルの「USGA(全米ゴルフ協会)ハンディ1.3」を取得した。留学中、アリゾナからオレゴン間を、オートドライブを使って運転中に、車内で腹筋を1万6000回行ったという伝説がある。帰国後の03年ごろからテレビ番組に出演。12年7月、フジテレビの番組で100メートル10秒83を記録した。さらに原付きとの50メートル走・100メートル走対決に勝利。跳び箱20段を跳ぶなど、身体能力の高さをアピールした。
本日の逸品


じゅんさいの冷やしとろろ                   



さっぱり 美味しい!



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