【訃報】

 

11月29日(土)

皆さんこんにちは。

朝から雨でしたがお昼にはすっかり上がりました。たまにはしっかり降ないといけませんね。

今日の記事

最近TVで見ないと思えば

DV、過食、顔面マヒ…中島啓江さんが乗り越えた壮絶人生

「4オクターブの美声が素晴らしかった」「DVや過食症に苦しむ人たちを勇気づけ、支えとなった」などと、さまざまな声が上がっている。23日、呼吸不全のため、57歳で亡くなったオペラ歌手・中島啓江さんのことだ。

 TVのバラエティーでは、ふくよかな容姿と明るい笑顔でお茶の間に親しまれていたが、その人生は壮絶そのもの。著書「答えは、YES!~ビッグ・ママからのメッセージ」などによると、故郷の鹿児島では、実の父親から日常的に殴り蹴られるDVに苦しみ、母と逃げ回りながら、怯えて育った。酒に酔っては家庭内暴力をふるう最悪の父親だったようだ。

 それでも苦学して昭和音楽短大を出て、1979年にオペラ歌手としてデビュー。宮本亜門演出のミュージカル「アイ・ガット・マーマン」などに出演し、脚光を浴びるも、幸せは長くは続かない。一番の理解者だった最愛の母は97年に亡くなり、揚げ句、「金くれ」と父親が中島さんの家に上がりこんできたという。その過度のストレスから過食症に顔面神経まひ、メニエール病と、さまざまな病にかかり、2010年ごろには、165センチの身長に、160キロ超の体重になっていたという情報まであった。


 芸能リポーターの川内天子さんによると、「オペラ歌手の方は共鳴効果を高めることもあり、大きな体のほうがいいという意見もあるそうです」という。07年に71歳で亡くなったイタリアのオペラ歌手、ルチアーノ・パヴァロッティも150キロもの巨体だったし、中島さんの歌手としての魅力であったともいえるだろう。

 とはいえ、華やかな舞台の幕が下りれば、父親との私生活が待っていた。07年、とてつもない額の借金を残し、がんで亡くなるまで父親は中島さんを苦しめ続けたとテレビなどで語った。そうした壮絶人生を生きてきて、中島さんは「生きることの大切さを伝えたい」と、同じように苦しむ人々を励まし続けた。中島さんの好きな言葉は「ありがとう」だったという。


ご冥福をお祈りします。

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白子焼き
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