【二人の黒田】

 

4月5日(日)

皆さんこんにちは。

一日雨です。

桜も散りそうですね。

今日の記事

昨日のヤクルト戦では負けちゃった。

黒田投手の座右銘

耐雪梅花麗 

西郷隆盛が1872年(明5)においに向けて送った「偶成」という漢詩の一節。「ゆきにたえてばいかうるわし」と読む。冬の厳しい雪や寒さに耐えた梅の花が、春になって一層美しく咲く様子を表しており、英訳すれば


「Plum trees bloom most beautifully as they stand and overcome the cold severe winter」

人も試練を乗り越えてこそ大成するとの意味で、教育方針に掲げる学校もある。


「梅の花は寒い冬を耐え忍び、春になれば麗しく咲く」。

つまりは「苦しみなくして栄光なし」という事。

言葉や文化は違えども、
主将デレク・ジーターは心を打たれ、
ジョー・ジラルディ監督は梅の花の写真を探し、
自身のパソコンの壁紙にするなど、
ヤンキースのチーム精神を支える言葉になっています。

語感も含め、とっても素敵なこの言葉。

ルーツ一緒も性格は…日銀とカープ「2人の黒田」を徹底比較

 8年ぶりの復帰戦を勝利で飾った広島の黒田博樹投手(40)。年俸20億円以上の大リーグからのオファーを蹴って4億円で古巣に戻る。その“男気”に理想の上司像を見た人も多かった。

 日本には今、2人の注目の黒田がいる。ひとりは、日銀総裁として日本経済の再生を託されている黒田東彦氏(70)。もうひとりは、8年ぶりに日本に帰ってきた広島カープの黒田、その人だ。

 双方のルーツは、戦国大名として名をはせた黒田官兵衛(如水)とされる。黒田総裁は福岡藩の領内に近い福岡県大牟田市の出身。カープの黒田は大阪市の生まれだが、父の一博氏は長崎県の出身だ。したがってどちらも官兵衛の子孫か、黒田家から名字を与えられた有力武将(恩賞でよく与えられていた)の末裔である可能性がある。

 だが、この2人の黒田は、性格がちっとも似ていない。まず、黒田総裁は13年3月の就任に先立って「2年以内に2%という物価上昇目標を達成する」と大見えを切ったが、節目の先月の会見では「15年度を中心とする期間に2%」とハードルを下げた。批判的な質問をする記者に不遜な薄笑いを浮かべ、この点でもいかにも官僚的だ。■厳しい母から学んだ黒田博樹の信条


 一方、「僕は中学生以来、野球を楽しいと思ったことは一度もない」と話すカープの黒田は、「野球を仕事にするということは、まずは結果を求められる」と言い切る。

 前者の黒田はキャリアはすごいが、言葉は軽い。後者の黒田は言い訳をしない。このあたりにもファンを熱くさせる理由がある。長崎県出身の福山雅治は「これからは“カープおやじ”として応援していく」と、ラジオ番組で言っていた。

 その黒田投手は、父が50歳の時の子供。元プロ野球選手の父より砲丸投げ選手としてオリンピックを目指していた母の靖子さんに厳しく育てられたらしい。

 上宮高校時代は万年補欠。練習試合で打たれるたびに監督から罰走を命じられた。朝6時から夜10時まで走らされ、しごきというより虐待に近い。見兼ねた先輩の両親が自宅で休ませようとしたところ、靖子さんは「寮に戻して走らさせてください」と言い放ったという。黒田は「何という母親だ」と呆れたが、今では「打たれた自分が悪い」と母に感謝。信念を貫き、責任を取る──がこの母から学んだ黒田投手の信条だ。人事教育コンサルタントの本田有明氏が言う。


「一宿一飯の恩義という言葉は、すでに時流遅れですが、黒田投手はそれを愚直に実践しました。そこに人々は感動し、拍手を送った。企業でも、上司になる人は、このような人でなくてはならない。自社への愛着、自社製品への誇りを持つ上司こそ、部下から見て頼りになる存在なのです」

黒田博樹のような上司がいて欲しかった。


今日の逸品  

えんどう豆の豆腐 

えんどう豆を裏ごしし、かつおと昆布のお出汁で寒天で固めました。

これから新緑の季節になってきます。
豆ぎらいな人でも、これはいけると思います。