【ソフトBの怪物】

 

6月29日(月)

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コーチ、恩師が証言 ソフトBの“怪物”柳田悠岐を全解剖

 打率.429、5本塁打、10打点で交流戦MVPを獲得。26日現在、パ2位の打率.377。開幕から「3番中堅」としてヒットを量産し、16本塁打、48打点。パ打率トップ(.381)の秋山(西武)と熾烈な首位打者争いを繰り広げている。

■身体能力

 武器は「和製ターザン」の異名を取る糸井(オリックス)をして「アイツは化け物」と言わしめる身体能力。具体的に何がどう凄いのか。鳥井田コンディショニングコーチが言う。

「背筋力や握力など個々の数値はプロ野球選手の中でも上位の部類に入りますが、どれも『それなりに凄い』というレベル。なぜ柳田の身体能力が凄いのか、あれだけボールを飛ばせるかは僕らにもわからないんです」

 しかし、メジャーで指導実績もある鳥井田コーチは「理由があるとすれば……」と、こう続ける。

「体が非常に硬いんです。世間では『体が硬いとケガをしやすい』と言われますが、実はデータなどで実証されてはいない。柳田も肉離れなどはありませんからね。実際、メジャーでも黒人選手の多くは体が硬いんですが、筋肉の可動域は広い。柳田のデータと実際の活躍を見比べる限り、『硬いことがプラスになっている』としか推測できないんです(苦笑い)」

 柳田の肉体は黒人級というわけだ。

■アッパースイング

 柳田の特徴といえば、天を仰がんばかりのアッパースイングだが、藤井打撃コーチは「正確に言えばアッパーではない」と言う。

「バット自体は上から打ち下ろしています。8の字をイメージすればわかりやすいと思いますが、まず柳田はテークバックでしっかりバットを振り上げる。スイングで下がったら、手首の返しでバットを上に持っていく。上げて下げて、また上げる。それが柳田にとって、一番パワーの出せる打ち方なんです。最後の部分がアッパーに見えるだけなのです」
■左打者転向

 もともと右投げ右打ちだったが、小学生の時に左打ちに転向した。柳田が野球を始めた広島の西風五月が丘少年野球クラブの山本副代表が言う。

「当時の柳田くんは同学年のチームメートの中でも、身長は真ん中より低く、パワーもなかった。俊足巧打の選手でした。そこで5年生の終わり頃、当時の監督が『あの足で左打ちなら、一塁まで2歩違うぞ』と、左打ちにさせたんです。年明けくらいから左打ちの練習を始めたんですが、4月の大会では普通に結果を出していました」

■大学通算8本塁打

 ドラフト時に王会長の「誰が一番、ボールを飛ばせるんだ?」の鶴の一声で決まった2位指名。しかし、大学では通算82試合で打率・428ながら、たったの8本塁打しか打っていない。柳田を育てた広島経大野球部の前監督、龍憲一氏は「それは仕方ありませんよ」とこう続ける。
「柳田のパワーは近隣に知れ渡っていた。彼が打席に立つと外野はみんなフェンス際まで下がるし、投手は一発を打たれたくないから外角低めばかりに投げる。それでも打球は強
烈でした。試合でバックスクリーンの上を越えたこともあります。練習でもそう。フリー打撃では野球場の向こうにあった陸上競技場にポンポン放り込んでいましたから。飛距離は大体、140から150メートルはあったでしょうね」


■赤ヘル党

 広島出身で「広島にFA移籍するのが夢」と言う赤ヘル党。それだけに広島では「なぜドラフト指名しなかったんだ!」という球団への怨嗟の声が渦巻いているという。

「当時の広島は左打者が多く、むしろ右打者を探していたんですよ。もし、柳田が3位か4位まで残っていたら指名したかもしれません」(龍氏)
首位打者、最多安打を2回ずつ獲得し安打製造機と呼ばれる内川は「僕とはタイプが全然違いますが」と、こう話す。

「柳田が凄いのはバットを振り切れること。打者にとって、バットを振り切るというのは怖いんですが、柳田はフルスイングが基本になっている。そこが凄い」

やなぎた・ゆうき 1988年10月9日、広島県生まれ。広島商高を経て広島経大に進学。1年秋から外野のレギュラーとして活躍し、4年間で首位打者4回、ベストナイン6回。通算82試合で打率.428、8本塁打、60打点と活躍した。10年ドラフト2位でソフトバンクに入団。13年から一軍に定着。昨季は144試合全てに出場し、打率.317、15本塁打、70打点。33盗塁だった。188センチ、92キロ。右投げ左打ち。年俸9000万円。独身。

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