【アリ逝く】

6月5日(日)
皆さんこんにちは。
梅雨入りしたでしょうか?
関東・甲信越は梅雨入り宣言ありましたね。
今日の記事
ボクシングを世界に広めたスーパースター
アリのようなスーパースターはもう出ない 死闘、闘病、聖火点灯…ドラマチックな生き様

2016.06.05

1976年6月、格闘技世界一決定戦で、プロレスのアントニオ猪木(右)と対戦するプロボクシングの世界ヘビー級王者ムハマド・アリ氏=日本武道館(UPI=共同)
1976年6月、格闘技世界一決定戦で、プロレスのアントニオ猪木(右)と対戦するプロボクシングの世界ヘビー級王者ムハマド・アリ氏=日本武道館(UPI=共同)【拡大】

  • <p>アントニオ猪木戦を控えて来日、記者会見で両手を挙げるムハマド・アリ氏(中央)=1976年6月、東京都内のホテル</p>
  •  これほどドラマチックなスーパースターは、もう現れまい。黒人であることを理由にレストランへの入店を拒否されたことを怒り、ローマ五輪の金メダルを川に投げ捨てた。イスラム教に改宗してカシアス・クレイから改名し、「ベトコンは俺をニガーとは呼ばない」と徴兵を拒否してヘビー級王座を剥奪された。

 

 1974年、ジョージ・フォアマンを破って王者に返り咲いた「キンシャサの奇跡」が彼のハイライトだったろう。その魅力は、ドキュメント映画「かけがえのない日々」に余すところなく残されている。
 ジョー・フレージャー、ケン・ノートンと演じた倒し倒されの死闘も拳闘史に残る。事実上の引退試合はかつてのスパーリング・パートナー、ラリー・ホームズに挑戦したタイトル戦だったのではないか。
 泣きながらパンチを出し続けたホームズは試合後の控室で「愛している」と話しかけ、アリは「それなのにあんなに殴ったのか」と答えたのだという。
 引退後は難病のパーキンソン病に苦しんだ。96年アトランタ五輪の開会式に登場し、震える手で聖火を点灯した際には、世界中のファンが涙ぐんだろう。川の底のメダルに替えて、アリには改めてアトランタの金メダルが贈られた。
 時には、かつての好敵手らとともにテレビショーをはしごした。アリに代わって速射砲のようにしゃべり続けるのは伊達者フレージャーで、ノートンはぼけ役に徹した。正装のホームズが弁舌さわやかに往年の名勝負を解説し、アリはほとんど話さないが、それでもずっと楽しそうだった。
 もう戦わなくてもいいのだと、そんな静かな笑みにみえた。(別府育郎)
今日の逸品
甘鯛(あまだい)の塩焼き


食後は骨からスープをとります。