【日米通算2000本】

6月30日(木)

皆さんこんにちは。 

蒸し暑いですね たまりません 

今日の記事

【メッタ斬り 生涯ジャイアン】

1年目から仙さんに“反抗”していた福留 とにかく「参った」といわない 

僕の弟分である阪神・福留孝介外野手(39)が、25日・広島戦(マツダ)で日米通算2000安打を達成。日本球界に復帰してからの足かけ4年はずっとケガとの戦いだったけど、それを乗り越えての大台到達に、心からおめでとうといいたい。
 孝介は1998年ドラフト1位で中日に入団。1年目のオフから毎年、僕と一緒にハワイで自主トレを行ってきた。
 当時の星野監督(現楽天球団副会長)は全ナインに半ば強制的に国内の自主トレ場所を指定していた。しかし僕はこだわりがあって例年通りハワイ行きを強行。驚いたのは、プロ1年目を終えたばかりの孝介が志願して付いてきたこと。『若いのに自分に責任を持って野球をしている』と感心させられた。
 首位打者に2度(2002、06年)輝いているが、毎年まったく違うことに取り組み、その向上心には頭が下がる。打率3割5分をマークしたら、次はどうすれば7分打てるかと考える。リスクを負って変化することに躊躇しないのだ。
 僕が出会ったプロ野球選手の中では、先輩の山本昌さんと並ぶ“2大負けず嫌い”でもある。とにかく「参った」といわない。偉業達成の要因の1つかもしれない。
 12年オフに米大リーグから日本球界への復帰を決意し、横浜DeNAなど複数球団からオファーが届き悩んでいた。相談を受けた僕は阪神入りを勧めた。注目度の高いチームでメディアも手厳しく、活躍すれば「神様」、ダメなら「大戦犯」として扱われるが、中日時代からプラス思考で、メジャーの世界を経験してきた彼には、阪神で勝負する生き方が合っている。実際、入団して正解だったと思う。

 周囲に気を使う男で、スター選手になった今でもオフのゴルフコンペでは一緒に回る人のキャディー役を買って出る。でも、今後は体が痛ければ休めばいいし、眠たければ寝ればいい。付き合いがあっても体調が悪ければ相手に正直に伝えて帰ればいい。そういうことが簡単にできない男だけに、なおさらだ。
 最低でも僕が引退した45歳まで野球を続けてほしい。そのためにも「本能の赴くままに生きろ」という言葉を贈りたい。
 ■山崎武司(やまさき・たけし) 1968年11月7日、愛知県生まれ。愛工大名電高からドラフト2位で中日入り。以後オリックス、楽天、再び中日と渡り歩き昨年限りで引退。中日時代の96年に本塁打王、楽天時代の2007年には本塁打・打点の2冠王に輝いた。27年間で通算1834安打、403本塁打、1205打点。後輩の面倒見のいい親分肌で、愛称はジャイアン。

 

今日の逸品  

 

活いさき

 

脂もあり 美味!