【女が嫌いなオンナ 1】

 

9月30日(金)

 

皆さんこんにちは。

 

今日の記事 

 

ドラマ「北の国から」で東京で純(吉岡秀隆)がたま子(裕木)を妊娠させてしまい、叔父(菅原文太)に殴られる場面が一番記憶に残ってます。

 

菅原文太の「あんたら、先っから誠意、誠意って言ってるが 誠意って何かね?」のセリフが印象的だった

 

 

 

こう言うタイプの女に弱い男が多いんだな

 

元祖「女に嫌われる女」 裕木奈江の自立心と強さの原点

デビュー当時から自立心旺盛な性格だった(C)日刊ゲンダイ

デビュー当時から自立心旺盛な性格だった(C)

「男に媚びているような目と半開きの口」「か弱さを武器にした計算高い女」、さらに「人の彼氏を寝取りそうな女」など90年代前半にバッシングされた裕木奈江(46)は、元祖「女に嫌われる女」。
 きっかけはドラマ「ポケベルが鳴らなくて」(93年・日本テレビ)で演じた友達の父親(緒形拳)と不倫する小悪魔的な役が、はかなげな“オヤジ殺し”のイメージとぴったりとマッチしたからだ。
 しかも現場スタッフから「わがままで次回は使いたくない」などの苦情が続出、ドラマ放映後には事務所とドラマ制作会社とのトラブルなどで仕事が激減した。99年ヘアヌード写真集を発売するが、スタッフだったヘアメークアーティストと略奪婚。そのため女たちから「やっぱりね」とまたもやバッシングを受け、彼女は夫と共に渡米する。
 鬼才デビッド・リンチ監督の「インランド・エンパイア」に出演とハリウッドデビューしたが、09年離婚。現在は一人ロスでオーディションを受け続ける“孤高の女”だ。

 

では当時のイメージを払拭したかといえば、実はまるで変わっていない。デビュー直後、まだバッシング報道が始まる前のインタビューなどで裕木は「若い頃にパーッと出るより、実力をつけていって、将来、2時間の舞台のできる女優になりたい」と、かなりハッキリした意見を持っていた。男にしなだれかかるどころか、自立心旺盛だった。原因は彼女の生い立ちにある。
裕木が誕生した直後に両親が離婚。母親が再婚したため、母方の祖母が裕木を養女にして育てた。明治43年生まれの祖母は美容師として生計を立てるが、裕木の将来を心配して、芸者にさせようとしたこともあった。年齢差60歳の祖母から自立して生きることを教え込まれた裕木は、自ら文化庁の新進芸術家海外留学制度に応募し、ギリシャで演技の猛勉強の後にハリウッド進出。若い頃からの夢を実現する姿勢は、当時からブレていない。
だが裕木は永遠に「女に嫌われる女」であり続ける。なぜなら、あどけなさが残る顔立ちと、強い精神を持つ女に惹かれる男はゴマンといるからだ。好きな男を奪われてしまいそうな“脅威な女”を、女たちはいつも本能的にキャッチしている。
(ライター・佐々木真理)

 

今日の逸品 

 

活さざえ

造り、焼きどちらでもいけます。