【ムッシュ逝く】

3月4日(土)

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ムッシュかまやつさん追悼 時代乗りこなした目利き耳利き

音楽界のレジェンドだった(C)日刊ゲンダイ

音楽界のレジェンドだった(C)

「半世紀以上にわたって、第一線の現役ミュージシャンという人は他にいない。たとえるならその時代の大きな波をとらえ、乗りこなした名サーファーといえるでしょう」(音楽評論家の富澤一誠氏)
 歌手のムッシュかまやつ(本名・釜萢弘)さんが1日、膵がんのため、都内の病院で息を引き取った。享年78。昨年9月、肝臓がんを公表した際には「絶対復活するから心配しないでください!」と再起を誓い、12月に開かれた堺正章の70歳記念ライブに駆け付け、デュエットを披露。これが最後の公の場となった。
「僕にとって音楽は快楽です。できればそのピークでわけわかんなくなったり、死んだりしたいですね」――。8年前のあるインタビューで語っていたかまやつさん。日系米国人でジャズシンガーのティーブ・釜萢氏の長男として生まれ、幼少期から洋楽に親しんで育ち、青山学院高等部在籍中にロカビリー歌手として一時代を築いた。

その後、60年代は「ザ・スパイダース」にギターなどで参加し、グループサウンズブームを牽引。グループの顔を担った堺と井上順(70)に対し、曲を書いてもり立てた。
彼が作曲した「フリフリ」「バン・バン・バン」「あの時君は若かった」の大ヒットがその最たるもので、ソロでもフォーク、ニューミュージック、ロックと各ジャンルを自分のものにしてきた。
「吉田拓郎やユーミンの才能をいち早く見抜き、プロデューサーとしても存在感を発揮。目利き耳利きでもあった。実績があるからこそ、あらゆる世代のアーティストから尊敬される存在なんだと思います」(前出の富澤氏)
■“素足に革靴”の元祖
ニット帽にロン毛という個性的なビジュアルは有名だが、知られざるエピソードも。富澤氏がこう続ける。

「かまやつさんは靴下をはかない方でした。今から30年以上前、東京から京都へ向かう新幹線の車内で出くわした際、かまやつさんが革靴に素足で驚いたのを覚えています。それこそ石田純一さんが有名になる前の話。どうして裸足なのかと尋ねたら、『健康にいいから』とおっしゃってました。かまやつさんは生まれも育ちも東京のシティーボーイ。音楽だけでなくファッションセンスも自然と磨かれたのではないでしょうか」
音楽界のレジェンドが残した楽曲の数々は永遠である。

 

本日の逸品

 

長崎産 天然石鯛

 

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