【大関 高安】

5月29日(月)

 

皆さんこんにちは。

 

今日の記事  

 

高校時代、合宿所から金沢まで脱走した先輩を思い出した。

その先輩も180cm、120kgの巨漢だった。

太っている人が走らされることは本当にキツイ

 

高安が大関昇進ほぼ当確 かつては稽古の厳しさに脱走、千葉から茨城を自転車で

高安(右)は豪快な上手投げで宝富士を下し大関当確
高安(右)は豪快な上手投げで宝富士を下し大関当確【拡大】

 初場所小結で11勝、先場所関脇で12勝。そして、今場所10勝目で大関昇進の目安となる33勝をクリアした。
勝利の瞬間、2階席では夫の栄二さんとともに観戦に来ていたフィリピン出身の母ビビリタさんがガッツポーズで喜びを爆発させたが、すぐにハンカチであふれる涙をぬぐった。ある部屋関係者は「フィリピンの母親は100%、子供の味方よ」というビビリタさんの話を聞いたことがある。
エジプト出身の大砂嵐が、顔面を狙ったプロレス技のエルボーのような“かち上げ”で遠藤を失神させるなど猛威をふるった時期があった。高安も、勝ったものの1発食らった。すると、翌日場所入りする大砂嵐を見つけたビビリタさんは「だめよ、あんなことしちゃ。もっと正々堂々と戦いなさい」と叱ったという。
まさに“肝っ玉母さん”。9月16日が誕生日で、高安はその日に負けたことがなく、初めて取った懸賞金は母にプレゼントした。
両親の前で決めた大関昇進。「両親が来ているのは知っていた。また一つ親孝行ができてよかった」と高安はしみじみと言った。

ビビリタさんの深い愛情がたっぷり注がれて育った高安。風貌はいかついが、周囲への気配りはなかなかのものだ。親身になってサポートしてくれる後援者には「おかげさまで今日は勝ちました」「残念ながら力及ばず…」などと毎日必ずメールで報告している。
「本当は電話で声を聞きたいところだが、命がけで戦っている力士にとってはうるさいだけだろう。短いメールだけど、気持ちがこもっている」と親交の深い医師の増渕和夫氏は言う。
場所後の31日に大関昇進の使者を迎える。「どんな状況でも力強い相撲が取れるのが大関、横綱だと思う」。心中では既に目指す「大関像」がイメージされている。
 

平成17年、茨城・土浦市内の中学を卒業し鳴戸部屋に入門した高安。当時、既に1メートル80、120キロという堂々たる体格で、師匠の先代鳴戸親方(元横綱隆の里)から特に目をかけられていた。
 ところが、あまりの稽古の厳しさに何度も“脱走”を図り実家に逃げ込んだ。入門を勧めた父親が説得し、その都度車で送り届けたが、途中、赤信号で止まったときに助手席から逃げ出すこともあった。
 帰る金がないときは、千葉県松戸市の鳴戸部屋から土浦まで自転車を飛ばした。「10回近く脱走したと聞く。最後はお父さんが中学に相談し、3月の卒業式に出られなかったことで中学が高安1人のために特別に卒業式をしたんです」と、部屋関係者は話す。
 夏休みでがらんとした学校で卒業証書を渡した校長は高安と握手して言った。「いいかね、今度キミと握手するのは関取になったときだ。忘れないで頑張ってください」
 さすがの“脱走王”もこれで目が覚め、稽古に励んだ。新十両になった平成22年の九州場所前、約束通り校長と握手を交わしたという。 

 

 

本日の逸品

 

ノドグロの塩焼き