【美人薄命】

6月25日(日)

皆さんこんにちは。

「こういう人を美しい人」と言う

辛すぎてよく見れてないのですが

あの坂上忍も上沼恵美子も号泣・・

海老蔵君 暴力事件等 天狗になっていた頃もあり

彼女は海老蔵を変えるために生まれて来たような女性でした。

「あなたの役目は終わった」と神様が言うには若すぎる。

成長した海老蔵君の会見は立派でした。

海老蔵を変えた小林麻央さん 先立つ妻が叶えた最後の願い

妻・麻央さんの死去についての会見で涙を見せた海老蔵(C)日刊ゲンダイ

妻・麻央さんの死去についての会見で涙を見せた海老蔵(C)

「愛してる」の言葉を残し、34歳の若さで逝った元フリーアナウンサーの小林麻央さん。夫で歌舞伎俳優の市川海老蔵(39)が23日に緊急会見し、最期の様子を明かした。涙ながらに長女・麗禾ちゃん(5)や長男・勸玄くん(4)らの様子を語る姿に、もらい泣きする記者もいた。
 2016年6月に海老蔵が麻央さんの乳がんを公表して以降、その闘病の様子は、海老蔵や麻央さんのブログによって明らかにされてきた。家族を思い、懸命に頑張る姿を目の当たりにしてきただけに、ショックを受けた人も多かったはずだ。
「がんと闘ったスターたち」の著書がある芸能評論家の肥留間正明氏がこう言う。
「どんなにスターで高潔な人であっても、末期がんと分かれば、恐怖と絶望で落ち込み、ふさぎ込んだまま亡くなっていく人が多い。しかも、自らの病を公にするということは、すべてのプライバシーをさらけ出すということ。相当な覚悟と勇気がなければできません。俳優の石原裕次郎さんが闘病していた時は、所属事務所の石原プロが全面的にサポートし、病気の経過を会見で発表していった。麻央さんのように著名人がブログで闘病を発信するのは時代の流れがあると思います。同じがん患者に勇気を与えたという見方もありますが、麻央さんのブログは、海老蔵や子供ら家族にあてた“遺書”だったのではないでしょうか」

昨年9月から始めたブログの更新は352回に及んだ。亡くなる2日前まで更新を続け、最後は笑顔の写真が投稿された。
■高額治療費と海老蔵の“献身”
一方、夫の海老蔵は麻央さんのがん発覚直後から、奇跡の復活を願い、東奔西走していた。
「保険外の特殊な治療法や国内未承認薬を選択した場合、金額は一気に跳ね上がり青天井。それでも、麻央の病気が治るならばと、わらにもすがる思いであらゆるツテをたどって名医を訪ね、さまざまな抗がん剤を試したそうです。病院での治療以外でも、酵素風呂がいいと聞けばマンションの一室を改造して酵素風呂専用にしたり、家族のプライバシーを守りながら暮らすためにセキュリティー完備のマンションに移ったり。そんな海老蔵さんの元には怪しい民間療法やサプリを勧める人たちも現れたそうですが、すべては麻央さんのためと信じて、回復する時を待っていました」(歌舞伎関係者)

海老蔵はこの間、億単位ともいわれる費用をすべて自分で働いて、捻出してきたという。夫として妻を看病し、父親として子育てをする一方、麻央さんが亡くなった当日も翌日も舞台に立ち続けた。
「麻央さんが自らの病気を知った時、自分にできることは何かを考えに考え抜いたのだと思います。そこで考えたのが、亭主を立派な男にすれば、自分は安心して死ぬことができる――ということだったのではないでしょうか。現に麻央さんが闘病に入ってから、海老蔵は歌舞伎役者として、父親として、どんどん成長していった。節目節目で会見して、自らの口で経緯を説明したのは立派でした。歌舞伎にまい進する様子も目を見張るものがある。西麻布で暴行事件を起こした時からは考えられない姿です。間違いなく麻央さんが彼を成長させたと思います」(前出の肥留間氏)
麻央さんが亡くなった22日のブログで、海老蔵は「稽古。こういう時だからこそ、より厳しく、より深く己に喝を 私が役者として良くなる事を誰よりもまおがよろこぶから、私はやる。」とつづっている。歌舞伎役者として、さらなる高みを目指すことが最大の供養となる。

 

本日の逸品 

 

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