【史上初7冠】

4月22日(金)
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今日の記事
囲碁史上初7冠 井山裕太の才に磨きかけた1000局の鬼指導

 まさに快挙だ。棋聖、名人、本因坊、王座など6つのタイトルを持つ井山裕太六冠(26)が20日、都内で行われた対局で伊田篤史十段を下し、「十段」のタイトルを獲得した。史上初の七冠の誕生である。
 井山氏は1989年、東大阪市生まれ。5歳のとき、父が買ってくれたテレビゲームで囲碁の面白さを知り、小学校に上がる前の6歳で関西ローカルの囲碁番組に登場した。
 このときミニ碁で大人を相手に5人抜きを達成。同番組の解説を務めていた石井邦生九段を「ここ一番の大事な場面でじっと考える姿に感心した。とんでもない才能だ」と驚嘆させ、弟子入りを許された。
■師匠は「自分のすべてを伝えよう」
 井山氏の天才的な能力に磨きをかけたのが石井九段による1000局の指導だった。通常、囲碁の世界では、師匠が弟子と碁を打つのは入門したときと独立するときの2度だけとされる。ところが石井九段は「自分のすべてを伝えよう」と決め、実際に碁盤で打つほかインターネット対局などを使い、プロ入りまでに井山氏と1000局を打った。
日本棋院広報室の小瀬村尚久氏が言う。
「幼稚園のころから地頭が良かったのでしょう。その優秀な頭脳を石井先生が“すごい才能だ。どこまで伸びるのか分からない”と絶賛。幼いころの1000局に及ぶ指導が才能を開花させたといわれています。石井先生ご自身も“この弟子を持ったおかげで私も強くなった”と言っているほどです」
 小学2年で少年少女囲碁全国大会で優勝し、中学1年でプロ入り。中学時代、あまり学校に行かなかったことは有名だ。高校にも進まず、研究会などで研さんを積む囲碁まみれの毎日だった。
 09年に20歳で名人位を奪取したときは「44年ぶりの最年少記録」と騒がれた。天才棋士というと、常識はずれな無頼漢のイメージがあるが、井山氏は普通の人だそうだ。
「いつも明るくて、私たち職員にも気を使ってくれる好青年です。ご本人はいつも“僕は知識が少ないんです”と笑って謙遜しています。穏やかな性格ですが、負けず嫌いな面も持っている。対局で負けたときは悔しさをにじませているので、われわれも近寄れません」(小瀬村尚久氏)
 生まれ持っての頭脳と囲碁にどっぷりの生活、負けず嫌いな性格、師匠との1000局――。この4条件によって七冠に輝いたといえるだろう。

今日の逸品  
まごち(鯒)
ワニ型の魚


ブサイクな顔ですが美味です!
これからが旬になります
お造り、天ぷらでご笑味ください。