【かわら版屋】

 7月16日(月)

皆さんこんにちは。

うちのアルバイトの男の子の祖母が岡山倉敷市真備町だ。

2階まで水没し、早めに家から脱出した為無事だった。

彼も先週から岡山へ帰っており後片付けやらで大変だったようだ(異臭で気分がわるくなったという)

車の渋滞で家までたどり着かず相当時間がかかったようです。

どちらしても家(水没)は解体せねばならず当分は市街地で賃貸アパートで生活するらしい。

岡山は過去に大きな災害もなく温暖な所で予想を超えた雨量でかなりショックを受けてようです。

今日の記事

阪神大震災の時もそうだったが、ホント無駄な取材が多い。

報道車両で渋滞を引き起こし一体「何をしに来てるのか?」わからない。

報道の車でニュースショーは“かわら版屋” 何の役割を担っているのか

 お世話になったワイドショーのレギュラー出演も終了し、正直に言うと実はやれやれと思っている。こんな未曽有の豪雨大災害時に、コメントを求められても社会に対して何を提言すればいいのか分からないし、洪水の専門家でもない人間はただただ、絶句するしかないのだ。某局の昼ワイドを見たら、タレント司会者が中継でつながっている広島の被害地の自宅から命からがら逃げて助かったという年寄りに、「××さんはなんで避難しようと思われたんですか?」とバカなことを聞くと、その老人は「なんでって、玄関に泥水が入ってきたんで」と呆れながら返事に窮していた。浸水してきたんだから逃げて当たり前だろう。聞かなくていいことだ。それより、最初の町の警報にどこまで危険を感じていたのか? 地元テレビやラジオはどんな情報をくれていたのか? 町や市の行政庁からの警告や命令はどんな具合だったか。そういうことを、疲れ切っていても取材に協力してくれているその老人に、短い時間でもしっかり聞き出すのが司会者だろうが。

ここ20年、いろんなワイドショーに出演してきたが、ニュースショーとは結局、何の役割を担っているのか? 被災地と日本中をつなぎとめて、何を共有すればいいか、考えてみたら、ただの“かわら版屋”か、と痛感した。「大変でしたね」と中途半端なねぎらいだけで終わってはどうしようもない。なのに、被災者のためになることを言えないまま、呆然とやり過ごしてきた自分が改めて情けなくてならない。

話は変わるが、どこかのワイドショーでマツコ・デラックスが「羽生くんが国民栄誉賞をもらう、もらわないは関係ないけど、昔に比べると栄誉賞の価値は下がったかな」と言っていたのにはうなずいた。さすがにマツコも、現アベ政権の、この賞の軽々しい乱発ぶりに辟易(へきえき)していたのだろう。もとより、国民栄誉もヘチマも知ったこっちゃないオレでもこれは疑問だ。栄誉賞自体、時の政権が“人気取りの道具”にしてやがるからだ。『広く国民に敬愛され、社会に明るい希望を与えることに顕著な業績があった者について栄誉を讃える』と規定にあるらしいが、「社会に明るい希望を与えた」なんてどこの誰が判断することなのか、そもそもが怪しい。大した基準もない、その時の内閣の判断なのだ。過去には、美空ひばりや森繁久弥も渥美清もいたが、亡くなってから授与した人ばかり。あの世で本人が感激して跳び上がった話は聞かないぞ。つまり、安倍政権の乱発は自らの“延命の点数稼ぎ”だ。マツコもそれが言いたかったのかもだ。じゃ、高倉健はなぜもらえなかったんだ。ヤクザ映画に出ていたからか?

「功績を積んできた上に、さらに歴史を塗り替える突き抜けるような功績」って何なんだ。戦国時代の君主に仕える家来かよ。よくもこんな時代錯誤な賞を自民党はつくったもんだ。アホらし屋の鐘が鳴るというヤツだ。

井筒和幸
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井筒和幸映画監督

1952年12月13日、奈良県出身。県立奈良高校在学中から映画製作を始める。75年にピンク映画で監督デビューを果たし、「岸和田少年愚連隊」(96年)と「パッチギ!」(04年)では「ブルーリボン最優秀作品賞」を受賞。歯に衣着せぬ物言いがバラエティ番組でも人気を博し、現在は週刊誌やラジオでご意見番としても活躍中。

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あじのなめろう

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