【新監督矢野という男】

10月18日(木)

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「やらない後悔より、やってみるべき」と決断した新監督。

最下位に低迷する難局を打開できるか。

星野・野村の薫陶受け…矢野燿大「虎指揮官」までの凸凹道

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金本前監督とは毛色が違う(C)共同通信社
金本前監督とは毛色が違う(C)共同通信社

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「矢野という男は、不遇や逆境に耐えてきたからこそ、今がある」

古株の阪神OBが言う。

第34代阪神監督に就任する矢野燿大監督(49)。03年、05年の優勝メンバーとして活躍。金本知憲前監督の腹心として、16年から一軍コーチを2年務め、今年からは二軍監督に就任。ウエスタンでリーグ優勝、日本一を果たした。

生まれは大阪の下町・瓜破(平野区)。大阪市立桜宮高、東北福祉大を経て、90年のドラフト2位で中日に入団。しかし、正捕手だった中村武志という「壁」を崩せず、97年オフに阪神へトレードされる。

■阪神トレードは“捨て駒”

当時の阪神は正捕手育成が急務。だが、それまでに実力、経験がある捕手が必要だった。吉田義男監督が欲しかったのは中村武志。しかし中日側は「中村は出せない、ならば矢野で」と回答。当時の星野仙一監督から「捨て駒」にされたのである。トレードが決まっても「闘将」からは言葉をかけられず、悔し涙を流した。「絶対に星野さんを見返す」と、新天地で決意を新たにした。

 この阪神移籍が、結果的に野球人生の分岐点になった。野村克也監督との「邂逅」だ。矢野監督は常に「野村監督に教わったことが財産になっている」と言っている。野村監督は「野球バカになるな」と教えた。引退後も本を読み漁り、野球理論や心理学も勉強したという。今年、二軍監督として「超積極性」を掲げたときも、「そのためには準備が必要」と選手に説いた。野村の考えを生かしているのだ。

「野村さんが来た当初は、ベンチで全員に聞こえるように大声で若い投手をなじることもあった。その当時はまだ、捕手目線で、打たれるのは投手が悪い、という態度に見えた。でも徐々に変化していった。ベンチで矢野は、野村さんがブツブツ言う言葉に常に聞き耳を立てていた。野村さんが『(一塁走者が)走るぞ』と言うと、本当に盗塁を仕掛けてくる。野村さんによって捕手としての感性や観察力を磨いた。野村さんからいろんなことを学ぼうとしていた選手は、矢野と桧山くらい。大半の選手はミーティングで渡された『ノムラの考え』のテキストも読まないし、面倒な人や、とほとんど聞く耳を持たなかったからね」(前出のOB)

そんな矢野監督であるが、必ずしも野村監督に好かれていたわけではなかった。別のOBが言う。

「当時、阪神には野村監督の息子であるカツノリが在籍していた。野村監督は本心ではカツノリを使いたかった。矢野は『カツノリは投手に優しいのに、おまえは冷たいなあ』と言われたこともあった。しかしそれは、野村監督の言う『無視―称賛―非難』の『非難』。それだけ矢野を認めていたということ。野村監督は『(ヤクルト監督時代の)古田(敦也)もそうだったが、投手力が弱い中で戦うことでおまえは成長している』と叱咤したこともある。最終的に野村監督は、勝つために矢野を使った。矢野もこうしたボヤキにめげることなく、学ぶべきものは学ぶという前向きな姿勢で臨んだ。バッテリーミーティングでも、『自分はこう攻めたい』と積極的に意見した。『頭を使え。ヤマを張れ』と言われて打率3割をマークするなど打撃も開眼。野村時代の3年間で一皮むけた」

■「阪神で勉強せぇ!」

奇遇だったのは自分を「捨て駒」にした星野仙一監督が、02年から阪神監督に就任したことだ。

星野監督に対し、当初は「捨てられた」というわだかまりはあったが、正捕手として信頼され、03年と岡田監督時代の05年の2度のリーグ優勝では原動力となった。

「投手優先」のリードで投手陣からも信頼を得た。福原忍(現コーチ)、藤川球児らに折を見ては声をかけ、食事も共にし、コミュニケーションを深めた。後輩の福原忍や関本賢太郎らはプライベートでも仲が良く、時間を見つけて趣味のバス釣りをしに、琵琶湖(滋賀)などへ出かけた。

現役晩年の09年オフ、マリナーズから城島健司を獲得した際に、球団にトレード志願すべきか迷い、当時SDだった星野氏に相談、「阪神で勉強せぇ」と説得され翻意した。引退時は真っ先に報告。星野監督の後援会「大仙会」のパーティーには必ず出席したという。

「矢野監督は選手時代から熱い人。下戸で酒はほとんど口にしないが、食事の席で野球のことを語りだすと、止まらない。後輩や裏方の相談には真剣に乗る。目配り、気配りもできる。二軍監督時代はマスコミとも良好な関係を築いた。二軍は若手記者が多い中、星野監督がそうだったように、記者一人一人の名前を覚えて対応している。練習のない日にも取材に応じることもある。『この選手は間違いなく出てくるから、取材しといた方がいいぞ』などと助言までしてくれるというので、マスコミの受けは非常にいい。星野さんは『マスコミも戦力』と言っていた。矢野監督もその意識を持って、接しているのです」(前出のOB)

不遇、逆境を乗り越えた先に、阪神監督という大役が待っていた。強運も持ち合わせる男。

「やらない後悔より、やってみるべき」と決断した新監督。最下位に低迷する難局を打開できるか。

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