【34歳鉄人初優勝】

1月28日(月)

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遅咲きの苦労人優勝

休場していないのが凄い!

非白鵬閥の玉鷲V…“モンゴル帝国”崩壊で角界はどうなる?

公開日:
賜杯を手に喜ぶ玉鷲(C)共同通信社
賜杯を手に喜ぶ玉鷲(C)共同通信社

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「最後まで、誰が優勝するか分からない楽しさがあった。今の方が純粋なスポーツとして面白いのではないか」

こう話すのは、好角家の菅野宏三氏(ビジネス評論家)だ。

27日、玉鷲(34)の初優勝で幕を閉じた大相撲1月場所。攻め込んでくる遠藤を突き落としで仕留め、「夢だった」という賜杯を手にした。

しかも、同日に第2子が誕生。玉鷲は万感の思いを込め、「サイコーです!」と絶叫。あふれ出る涙を、何回も手でぬぐった。

終盤まで2敗をキープしていたとはいえ、背後には3敗の貴景勝。最後の最後まで分からない優勝争いは、想像を絶するプレッシャーがあったに違いない。

そんな玉鷲とは対照的に、年々影が薄くなっているのが横綱白鵬(33)だ。今場所は初日から10連勝でトップを走るも、11日目から3連敗。14日目に足の負傷を理由に休場した。もはや衰えは隠せず、全盛期の力と体力は残っていない。

玉鷲はモンゴル人でも同郷力士とは距離を置き、白鵬らの閥には入っていない。かつて土俵を支配していたモンゴル帝国は崩壊寸前。次いでやってくる熾烈な優勝争いから、目が離せない。

初賜杯が目前に 遅咲き玉鷲の相撲開眼までと師匠の教え

昔よりも現役寿命が延びたとはいえ、30歳を過ぎれば力士は体も技も衰えるもの。しかし、このベテランに限っては「老い」をみじんも感じさせない。

13日目の25日、北勝富士に快勝した玉鷲(34)だ。立ち合いから頭でぶつかって一気に押し込むと、最後ははたき込みで仕留め、2敗をキープした。さらに玉鷲を喜ばせたのが、この日の結びの一番だろう。同じく2敗で並走していた白鵬は貴景勝の左からのいなしに屈し、3敗目。けさ(26日)休場を届け出た。横綱のまさかの3連敗もあって、玉鷲は優勝戦線のトップに躍り出た。

「落ち着いていた。いつもの玉鷲だったらヤバイ感じになっていた」とは本人の弁。自身を客観視できている、ということだろう。

20代の頃は平幕の上位と下位をいったりきたりのエレベーター力士だったが、30歳を越えてから突如、開眼。188センチ、172キロの体格を生かした押し相撲で、2017年1月場所で新関脇に昇進すると、以降、三役の常連として活躍している。

ある親方が言う。

「若い頃から突き押しの力士だったが、いかんせん『ハマれば強い』程度だった。原因は熱くなりやすい性格。気合ばかり空回りして上半身がガチガチになり、さらに張られたらムキになって張り返すものだから脇があいて、簡単に差されていた。それがここ最近は熱くならないようにと心がけているようで、常に冷静。張り返さなくなって脇が締まるようになり、バランスのよい相撲を取れるようになった」

モンゴル人力士だが、先代師匠である片男波親方(元関脇玉ノ富士)から「仲間内でつるむと情がわく」と厳しくしつけられ、モンゴル閥とは距離を置いている。

さるタニマチ筋が言う。

「同郷の力士とは交流がないわけじゃないが、付き合い程度。彼らの互助組織であるモンゴル会にも入っていないと聞いている。もっとも、そんな浅い付き合いのおかげで命拾いしたこともある。それが17年の秋巡業中に起こった、いわゆる『日馬富士暴行事件』。玉鷲は当初、白鵬らに宴席に呼ばれていたんだが、『宿舎で見たいドラマがあるから行けない』と、これを拒否した。もし、あの場にいたら玉鷲も加害者のひとりとしてバッシングされていたかもしれない」

 本日の逸品

北寄貝(ホッキ貝)

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美味です!