【ヒゲの森会長就任】

7月7日(日)七夕

皆さんこんにちは

蒸し暑いが続きます

今日の記事

中学生の頃、桂高校のグランドで

京都の全中学のラグビー部を集めて「ヒゲの森さん」が指導に来てくれた事を今でも覚えいる

当時、釜石を退社された頃だったと思う

明大、釜石の全盛期、あの松尾雄治の師匠でもあり先輩でもある人

試合中顔面を強打して額がぱっくり割れて大量出血

普通ならそのままベンチに下がるとこれだが、急きょ麻酔なして

傷口を縫い再びピッチに戻り試合をした伝説の持ち主だ。

 

球界のトップにもラグビー森重隆会長のような人材が欲しい

公開日: 更新日:
“ひげ森さん”の愛称で親しまれる森重隆日本ラグビー協会新会長(C)共同通信社

“ひげ森さん”の愛称で親しまれる森重隆日本ラグビー協会新会長(C)共同通信社

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「ビックリっすよ~」

森新会長の協会トップとしての第一声は、人なつこい笑顔で始まった。全身に50針以上の傷痕がいまもある。明大、新日鉄釜石、日本代表と第一線で活躍してきたラガーマンとしての勲章だ。

近づくW杯のキャッチフレーズは『4年に一度ではない。一生に一度だ!』だが、「一生に一度では、2歳の子供たちには夢がない。50年後にまた日本で開催できるようにしないといけない」と言って会場をわかせた。

 私にとっても、素晴らしい朗報だった。

 日本開催のW杯開幕を9月20日に控える日本ラグビー協会の会長に元日本代表の森重隆氏(67)が就任した。実は、新日鉄釜石の全盛期にセンターとして活躍した彼とは30年来の付き合いで、普段は「しげたか」と気安く下の名前で呼ばせてもらっている仲なのだ。

きっかけは、阪急の元大エース山田久志(70)の紹介だった。山田は社会人野球の富士製鉄釜石出身。会社も競技も違えど、同じ釜石でプレーしていた重隆とはかねて親交があり、私が大のラグビーファンだと知って引き合わせてくれた。明るく真っすぐな重隆の人柄に一発で惚れ、それ以来、定期的に酒を飲む関係が続いている。
明大、新日鉄釜石時代の彼は勇猛果敢だった。自分よりひと回りもふた回りも大きい相手に猛然と頭から突っ込んだ。激しいタックルにいって、気を失うことは日常茶飯事。「目が覚めたら試合が終わっていたなんてこともありましたよ」と豪快に笑うが、「自分がタックルにいかなければ、その後ろの味方が痛い目にあう。だから、怖くてもいかなきゃいけない。それが、ラグビーなんですよ」という言葉にその性格がよく表れていると思う。熱血漢は、彼のためにある言葉である。

■WBC投手コーチ就任秘話

そういえば、私が2017年WBCの日本代表投手コーチを打診されたその日も、彼と一緒だった。小久保ジャパン初の国際大会となった15年11月のプレミア12で、日本代表は惜しくも3位に終わった。失意の小久保監督を労おうと福岡に行った私は、そこへ地元の重隆も呼んだ。彼は学生時代の恩師、明大ラグビー部の北島忠治監督や、ライバルの早大を率いた大西鐵之祐監督の言葉やエピソードを交えながら、「試合で最高のプレーをしようと思うのは間違いです。練習で最高のプレーをしないと試合ではできませんよ」と熱っぽく語ってくれた。

その夜のことだ。重隆と別れ、小久保監督と2人で行ったラーメン屋で「きょうはありがとうございました。権藤さん、投手コーチとしてWBCを一緒に戦っていただけませんか」と打診されたのだ。そういう意味でも思い出深い。

新日鉄釜石を退社後は故郷の福岡に戻って、家業の「株式会社 森硝子店」の社長になった。その傍ら、県内有数の進学校である母校の福岡高校でラグビー部監督を務めたうえ、同校を花園出場(全国大会)に導いている。名選手にして名指導者でもあり、経営者としてビジネスにも通じている。
15年からは協会の副会長、九州ラグビー協会会長として実務経験も積んだ。なにより圧倒的な人望がある。
球界のトップにもこういう人材が出てこないものだろうか。
専務理事には現7人制日本代表監督の岩渕健輔氏(43)、副会長に前ヤマハ発動機監督・清宮克幸氏(51)を登用。「ぐっと若返った新体制で、この大事な2年を乗り切り、より多くのラグビーファンを生み出していきたい」と決意表明した。
権藤博

著者のコラム一覧
権藤博野球評論家

1938年12月2日、佐賀県鳥栖市生まれ。鳥栖高からブリヂストンタイヤを経て61年に中日入り。1年目に35勝19敗、防御率1.70という驚異的な成績を挙げ、最多勝や沢村賞などタイトルを総ナメに。連投に連投を重ねる姿に「権藤、権藤、雨、権藤」の流行語が生まれた。68年に現役引退後は各球団の投手コーチを歴任。横浜で初の監督に就任した98年にはいきなりペナントを制し、38年ぶりの日本一に導いた。

本日の逸品

鹿児島産 本まぐろの赤身

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旨くなってきました。