【SBが4タテ】

10月24日(木)

皆様こんにちは。

一日雨☂

今日の記事

ラグビー杯に夢中になってる間にあっけなく終わってしまった。

巨人手も足もでなかった・・情けない・・

なんじゃそりゃ

ソフトバンク・工藤監督“原超え”でスッキリ! 不本意な形で巨人を去って12年、東京ドームで歓喜の舞 

2011年からのわずか9年の日本シリーズで、ソフトバンクはセ・リーグ全6球団を撃破。これはV9巨人や、黄金時代の西武もやっていない快挙だ。

工藤監督は「強いジャイアンツにどうやって勝てるか。自分なりにしっかり準備してきた」と納得の表情。原辰徳監督(61)については「日本一を何度も経験されて、私自身が学ばなければいけないところがたくさんある。非常に勉強になりましたし、もっと勉強できるように頑張っていかなくてはいけないと思いながら日本シリーズを戦っていた」と敬意を表した。

しかし内心、巨人と原監督には特別なものがあったはずだ。

工藤監督が巨人の投手として3勝2敗に終わった2006年終盤。ジャイアンツ球場で原監督と会談し、「来年もジャイアンツでプレーさせてください」と直談判したことがあった。

しかし43歳のベテランはFAのプロテクトリストから外され、契約更改も終えた07年1月、FA移籍してきた門倉健投手の人的補償選手として横浜(現DeNA)が指名。しかも報道が先行するドタバタ劇となり、不本意な形で巨人を去ることになった。

その年、巨人からも勝利を挙げ7勝6敗と活躍したが、今回の日本シリーズは悔しさを晴らす格好の舞台といえた。

原監督は監督通算13年で日本一3度だが、工藤監督は通算5年で4度目の日本一。“原超え”も達成した。工藤監督は「選手から胴上げされるうれしさは、どこであっても同じだよ」と笑顔を浮かべたが、目に飛び込んだ東京ドームの白い天井は格別だったに違いない。(塚沢健太郎)

ノムさん、ホークス60年ぶり巨人撃破に感無量 「原は何やってんだ。クビだな」ボヤキ節も

19年ぶりの顔合わせとなった今年の日本シリーズだが、ホークスが巨人を破るのは、南海時代の1959年以来、実に60年ぶりだ。

過去10度の対戦でホークスが勝ったのは、その1度だけ。杉浦忠投手(故人)が4連投4連勝。今年同様4勝0敗で日本一になり、涙の御堂筋パレードが伝説として語り継がれている。

全試合でマスクをかぶり、第3戦で藤田元司から決勝2ランを放った野村克也氏(84)はこの日、東京ドームでサンケイスポーツの評論。2度のG倒に関わり「OBだからうれしい。あのときは巨人の水原監督が(アンダースローの)杉浦対策で左打者を並べてきたけど、右も左も関係なかった」と振り返る。

◆王会長は当時ルーキー

ソフトバンクの王貞治球団会長は当時巨人のルーキーで、まだ1本足打法ではなかった。第2戦は7番、第3戦は8番で先発出場したが、第1戦は代打、第4戦は出番がなかった。

ノムさんは「巨人を倒したから、パレードはすごかった。御堂筋が人で埋まったんだから」と回想。10度胴上げされた孫正義オーナーを眺めながら「金は出すけど口は出さない。一生懸命で胴上げされるのにふさわしいオーナーだよ」と評する一方、「原は何やってんだ。クビだな」と得意のボヤキ節を残し、東京ドームを後にした。

本日の逸品

津軽海峡のよこわ(本マグロの子)10Kもん

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刺身、握りで!