【野球殿堂入り】

1月21日(火)

皆さんこんにちは

今日の記事

滞空時間の長い「ホームラン」

阪神の打てる捕手と言えば田淵幸一

私なんかは漫画「がんばれタブチ君」をみていた。

「タブラン」

タブチのランニングホームラン

意味有り得ないこと。

希代のホームランアーティスト・田淵幸一さんが殿堂入り! 

飲み屋で話した“組閣話”…監督就任の際はほぼその人事通りに 

カーン、カーン、カーン…。乾いた打球音はリズミカルに響く。それに乗せられるかのように、放たれた白球のほぼすべてが、高い放物線を描いて左翼席上段に吸い込まれていった。

「オーッ!」

その度にスタンドから大きな歓声が上がる。これまで見たことがないような美しい弾道、艦砲射撃のような迫力…。たかが練習というなかれ、プロのすごさと最初に出会った衝撃である。

駆け出し記者時代の1975年、巨人担当の先輩に連れられて後楽園球場に行った。その日は阪神戦。試合前の打撃練習で見た阪神の4番・田淵幸一さんの姿だった。

その年、田淵さんは43本塁打。王貞治さんの14年連続キングを阻み、初のホームラン・キングになった。

後年、野球評論家となった田淵さんと何度か話す機会があった。最初の衝撃を話すと笑った。

「一旦ユニホームを着てグラウンドに出たら、ファンは見ているんだ。たとえ練習でも“意識”したね。ファンがプロってすごいんだな…と思ってくれればいいだろっ」

打球もプロだが、思考もプロフェッショナルだった。あの長嶋茂雄さん(巨人軍終身名誉監督)と同じ思考であり、性格もまたミスターのように明るく、野球に対しての情熱もある。

キャンプ地の飲み屋さんで一緒になった。飲みながらも、突然立ち上がってバットを構えるポーズで打撃論を熱く話す。時には「俺が監督するならコーチ人事は○○、□□…」と具体的に名前を次々に口にしていた。

田淵さんが所属する新聞社だけでなく、他紙にも分け隔てなく話す!? 90年にダイエー(現ソフトバンク)監督に就任。ほぼその人事で臨んだ。嘘がつけない人である。

入団2年目(70年)に頭部死球で長期離脱、83年にも左手尺骨骨折のケガがありながら通算474本塁打。数字もさることながら、人間的にも愛される素晴らしい性格が魅力でもある。

そんな希代のホームランアーティストがこの度、野球殿堂入りを果たした。本当におめでとうございます。(産経新聞特別記者・清水満)

本日の逸品

真あじ

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造り、なめろう、フライでどうぞ!