【女性芸人の歴史】

11月15日(日)

皆さんこんにちは

今年の紅葉は早そうだ

今日の記事

♪うちら陽気な かしまし娘

「姦し」読み方は「かしまし」

意味はうるさい、目障り、やかましい

かしまし娘はこの語源から取ったようだ

時を経て移り変わる女性芸人の芸風 容姿ネタは過去のものへ

女性芸人のあり方も多様化が進んでいるという

女性芸人のあり方も多様化が進んでいるという(3時のヒロイン)

写真2枚

 お笑い界の歴史は長いが、漫才やコントで一世を風靡してきた芸人には男性が圧倒的に多い。そんな“男社会”の中でも、男性以上にお茶の間の笑いを取ってきた女性芸人がいる。お笑いの“女性活躍”の半世紀をお笑い評論家のラリー遠田氏が振り返る。

* * *
笑いの歴史が始まった頃から、すでに女性芸人は存在していた。戦前で最も有名な女性芸人の1人であるミスワカナは、夫の玉松一郎とコンビを組み、夫婦漫才を披露していた。

戦後に入ると、夫婦漫才は漫才の一ジャンルとして確立された。ミヤコ蝶々・南都雄二、鳳啓助・京唄子、人生幸朗・生恵幸子などの夫婦漫才師が人気を博した。

一方、少数ではあったが、海原お浜・小浜、内海桂子・好江、かしまし娘のように、女性だけのコンビやトリオで活動する芸人もいた。

関西の女性漫才師が全国区で認知されるきっかけになったのが、1980年に起こった漫才ブームである。男性の漫才師たちに紛れて、今いくよ・くるよ、春やすこ・けいこなどが注目を集めた。

女性芸人で初めて「天下を取った」と言える地位にまで上り詰めたのは、西の上沼恵美子、東の山田邦子の2人である。長い間、男性芸人の引き立て役に甘んじていた女性芸人が初めてテレビの中心に立った。

上沼恵美子は姉妹漫才コンビ「海原千里・万里」の海原千里としてデビュー。高校生とは思えない巧みな話術で瞬く間に人気者になり、関西ではテレビ・ラジオのレギュラー番組十数本を抱えたこともあった。1994・1995年には『NHK紅白歌合戦』で紅組司会を務めた。

山田邦子は素人参加型のお笑い番組出演をきっかけに芸能界に入った。1989年に始まった『邦ちゃんのやまだかつてないテレビ』は、ゴールデンタイムに放送された女性芸人の名が冠されたコント番組として唯一無二のものである。この番組からは『愛は勝つ』『それが大事』などのヒット曲も生まれた。

1990年代前半には、野沢直子、清水ミチコなどがバラエティー番組に出るようになり、少しずつテレビの世界でも女性芸人が頭角を現わし始めた。

彼女たちはファッションも言動もおしゃれなイメージがあり、従来の泥臭い女性芸人のイメージを一新した。

テレビに出る女性芸人の数が一気に増えたのは、2000年以降のお笑いブームがきっかけだ。『爆笑オンエアバトル』『エンタの神様』『爆笑レッドカーペット』などのネタ番組が注目されるようになり、そこから新しい芸人が続々と現われた。

身近にいそうな女性を演じる一人コントを得意とする柳原可奈子や横澤夏子、体を張ったロケ企画に定評がある森三中やおかずクラブ、アラフォー女性の共感を集める大久保佳代子やいとうあさこ、若者からカリスマ的に支持される渡辺直美など、それぞれの強みを生かしてさまざまなタイプの女性芸人が出てくるようになった。

2017年には女性芸人限定のお笑いコンテスト『女芸人No.1決定戦 THE W』が始まり、女性芸人にますます注目が集まっている。

かつては「デブ」や「ブス」を売りにする自虐的な芸風の女性芸人も多かったが、最近では人々の意識も変わっていて「容姿をネタにするのは古い」という風潮も強くなっている。一般社会における女性の地位向上の動きと共に、女性芸人のあり方も変わり、多様化しているのだ。

※週刊ポスト2020年11月20日号

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