【車いす女子ラガー】

8月28日(土)
皆さんこんにちは
今日の記事
車いすラグビーの女子がいるのご存じでしょうか?
くらはしかえ選手
彼女は手が使えないため防御専門に活躍!
男女混合も知らなかった。金メダル目指して頑張ってほしい!

逆転に貢献 車いすラグビー・倉橋香衣、プレーで示す存在価値

車いすラグビー1次リーグのフランス戦で初出場し、相手の進路に先回りする倉橋香衣(右)=25日、代々木競技場(撮影・吉田敦史)
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車いすラグビー1次リーグのフランス戦で初出場し、相手の進路に先回りする倉橋香衣(右)=25日、代々木競技場(撮影・吉田敦史)

 東京パラリンピック車いすラグビー日本代表の倉橋香衣(かえ)(30)=商船三井、神戸市須磨区出身=は昨年末に、新型コロナウイルスの影響と両肩の不調から1人暮らしの埼玉県を離れ、故郷に戻った。兵庫で肩のリハビリを行いながら、友人ら懐かしい顔と再会し「元気をもらえた」。心身の充電を終え、25日に始まった1次リーグ2連勝に貢献している。(有島弘記)

■肩の不調克服、新走法を取得

兵庫県宝塚市に転居していた実家から、県立障害者スポーツ交流館(神戸市西区)に通った。同じ敷地には、大学3年のトランポリン大会で頸髄(けいずい)を損傷した後に、車いす操作など自立訓練を行った施設がある。

「こっちには家族もいる。一人で闘わずに頼ってほしかった」

帰郷を促したのは、県立リハビリテーション中央病院の作業療法士で、当時の訓練を担当した安藤芽久美(めぐみ)さん(37)だった。退所後も連絡を取り続け、コロナ下での倉橋の異変を感じた。肩が治らない焦り、単身生活の孤独。友人の一人として手を差し伸べた。

交流館では、両肩に負荷がかかりにくい走り方を指導したが、頑張る姿が昔と重なった。復学と1人暮らしを目標に、生活に必要なことを覚え、運転免許も取得。同じ障害の程度なら2年かかるところを倉橋は1年半で終えていた。

「本番が近づく中で葛藤はあったと思うが、やり過ぎが一番の心配だったのでコントロールした」と安藤さん。常に話し合い、練習メニューを考えた。

ラグビーはチームスポーツ。交流館でも、新型コロナの感染状況を見ながら、倉橋と同じ障害のある10代後半から30代半ばまでの地元の固定メンバー4、5人が練習に加わった。入院をともにした旧友も顔を出したが、同じ道を歩み始めたメンバーは特に熱心だった。1人暮らしを送り、仕事もして日本代表。その事実が可能性そのものに映り「得意な競技に取り組もうかな」と、安藤さんに打ち明ける人も出てきたという。

倉橋も「励まされると言うと変だけど、もっと頑張らな」と練習に集中した。残存する背中の力も使った新走法は前進とターンの速度を上げさせた。

迎えた25日の大会初戦。逆転での白星発進に貢献した倉橋は「(神戸での)積み重ねがあるからコートに立てた。安心したし、感謝の気持ちでいっぱい」。男女混合で唯一の女性選手として東京のコートを駆け回っている。

【車いすラグビー】楕円(だえん)球でなく、バレーボールを基に開発された専用球を使い、男女混合の4人対4人で争う。選手の障害の程度に応じて0・5点から3・5点まで7段階の持ち点(小さいほど重度)があり、コート上の4人の合計を8点に収める必要がある。女性選手が含まれる場合、1人につき0・5点の追加ポイントが許可される。倉橋香衣の持ち点は0・5点で、守備面で相手の攻撃者を止めるなど、戦術の鍵を握り、2018年の世界選手権では日本の初優勝に貢献した。

 

倉橋 香衣くらはし かえ

倉橋 香衣
車いすラグビー
日本日本

[生年月日] 1990年9月15日

選手情報

トランポリン選手だった大学3年生の時に練習中に首を骨折、鎖骨から下の感覚を失う障害を負う。リハビリで車いすラグビーを始め、2017年に女子選手として初めて日本代表に選出。相手を止めるディフェンスの技術を磨き、世界選手権での金メダルに貢献した。