【小三治師匠逝く】

10月11日(月)

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今日の記事

素っ頓狂な話し方が特徴があった

至宝の噺家が逝ってしまった

柳家小三治さん急死 81歳心不全 終演も気にせず語るサービス精神 41歳で免許、趣味のバイクに熱中する多趣味な一面 

今月7日に心不全のため81歳で急死した人間国宝の落語家、柳家小三治(本名・郡山剛蔵)さん。滑稽話の名手として知られ、昭和・平成の落語界を牽引(けんいん)した名人は、芸道に精進する落語一筋の人生を歩み続けた。

噺家らしい人生の幕引きだ。死去当日も朝から普通に過ごしていたが、夜になって倒れているのを妻が見つけ、病院に運ばれるも死亡が確認された。前日6日には弟子5、6人と談笑していたというから、まさに突然の死だった。

肋膜炎や結核など病気と闘う人生だった。2017年には頸椎手術を受け、アルツハイマー病の可能性もあった。今年3月には体調不良で入院したが、5月には高座復帰するなど不屈の精神で生涯現役を貫いた。落語会は来年1月まで予定が入っていたという。

演芸評論家の高山和久氏は「斬り込み方の違いで、同じ噺でも毎回新鮮に笑えるため、小三治落語を楽しみにするファンも多く、チケットの取れない落語家のひとりでした。ホール落語では終演時間を気にせず、調子に乗ると70分、80分と飽きさせずに語るサービス精神旺盛さが人気。師匠の『長短』『短命』は面白く好きでした」と語る。

「まくら」の面白さにも定評があり、“まくらの小三治”の異名も。40分も50分もまくらが続き、本題が10分なんてこともあったという。先の高山氏も「その面白さは『ま・く・ら』という書籍になり、続編も刊行されたほどです」と話す。

落語にはストイックで、自身も1969年に17人抜きで真打ち昇進したこともあり、落語協会の会長に就任すると、年功序列となっていた真打ち昇進の基準を変更。春風亭一之輔を21人抜きで真打ちに昇進させるなど実力主義だった。

芸道を探求する一方、多趣味な一面も。中でもオートバイは41歳で免許を取り、落語家仲間で「転倒蟲(てんとうむし)」というツーリングチームを作るほどの熱の入れよう。愛車はヤマハのXJ750E。寄席への出勤もバイクで、上下のつなぎで寄席や落語会に現れたほどだが、51歳で両手首にリウマチを起こしてからは乗らなくなったという。

何事にもいちずな人柄が至宝の話芸を生んだ。

本日の逸品

太刀魚の塩焼き

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