【ユニークな京都の経営者】

10月3日(土)

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ハロウィーン

知らんけど・・

今日の記事

永守さんはせっかちな人だ

大学出ても英語もろくに話せない、挨拶もできない、日本の大学は何を教えてるんだ!

社会に出てろくに使えないと怒っていた。(BSテレ東のカンブリア宮殿にて)

将来の若い人を育成する為に大学まで造った人だ

ユニークな経営者

京都の企業にはこんな経営者が多い

【大前研一のニュース時評】筋が通ってユニークな京都の経営者 「M&A66連勝」永守重信氏ら 

また、永守さんの「創業時に壁にぶつかったとき、オムロン創業者の立石一真さんに教えを求めたが、『まず君の案を話せ』と言われ、答えは教えてくれなかった。京セラの稲盛和夫さんも教えてくれることはない。その後ろ姿をまねながら学んできた」というコメントもあった。

このお三方のことは、よく知っている。永守さんがこう話したのは謙遜で、特にM&Aについては、永守さんが一番すごい。買収の際、「この会社はここがおかしくて利益が出ていない」「この部分をいじらないといけない」と派遣した社長に伝え、そのとおりにしているか何度も確認する。

永守さんの下で買収先の社長を長くした人に話を聞くと、紙を1枚渡され、「この通りにやってこい」と言われ、その通りにやると、経営不振に陥った企業が再建できたという。そういう意味では、まれに見る経営者だ。

一方、立石さんは、オムロン前身の立石電機が電卓の過当競争と石油ショックで創業以来初の赤字に陥った1970年代半ば、「アンタのところは高いと聞いているが、昔から高くても良い医者にかかるのが私の主義だ」とコンサルタントを頼んできた。

当時、私は30代前半。立石さんは70歳を超えていた。そんな孫ほどの人間に鋭い質問を浴びせ、こっちも必死に考えた。その中から、コンビニのクローズド・キャッシュレジスター(カネを入れたらお釣りとレシートが出る)や、日本初のビジネスモデル特許「フロート付きデビット決済法」などヤマほどの特許が生まれた。

蓼科のオムロンの別荘と私の別荘が近かったので、よく遊びに来て、そのまま話し始めることが多かった。で、週明けの翌日、特許部長が飛んできて、「昨日の話、会長から特許を申請しておけと言われました」となった。

私は経営改革委員会の設置を提案し、「そのチームには将来トップを担えるような優秀な若手を集めて」と頼んだ。そのチームリーダーが三男の義雄さんだった。昨年春、コロナで亡くなり、先日、「お別れの会」があったばかりだ。

当時、私たちは合宿して徹夜で議論を重ね、事業の見直しや組織改革にも着手し、1年半後には黒字に復帰、その1年後には創業以来の最高収益を記録した。

稲盛さんとは「日本の国をどうするか」という問題について、よく話し合った。あの方は1984年、通信事業の自由化で京セラの資金を投入して第二電電(現KDDI)を設立する際、米国との交渉など裏で助けてくれた小沢一郎さんを首相にしたがっていた。何回かごちそうになったが、そのときも「小沢一郎を何とかしてくれ」と頼まれた。

2010年、日本航空の会長に無報酬で就任すると、組合が7つもある中、強引に従業員の3分の1のリストラを断行し、高収益企業に生まれ変わらせた。原理原則の人だが、話している限りにおいては、非常に温厚だ。塾長をしている「盛和塾」には、稲盛さん考案の管理会計手法「アメーバ経営」をあがめ奉る人たちも多い。

任天堂の山内溥氏やワコールの塚本幸一氏などそれぞれ違う角度でおつき合いしたが、京都で会社を創業した人は、筋が一本通っていてユニークな人が多い。

■ビジネス・ブレークスルー(BBTch)の番組「大前研一ライブ」から抜粋。

本日の逸品

天然メジロ(ハマチとぶりの間)

 

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だんだんと脂のってきました!